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◆この道40年鞄作りの名人老沼久一が心をこめて丁寧に直します◆
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1935年
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群馬県に生まれる
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1950年
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鞄のメーカー「平島鞄製作所」に入社。
伝説の鞄メーカーで後に優れた鞄職人を多く排出した「岡豊」で、かつてその業を振るっていた明治生まれの師匠「平島滋」に出会う。その平島の一番弟子として仕え、鞄作りの基礎を徹底的に身につける。「時代に対応した鞄を作れ。その為にはどんな物も作れる職人になれ。」この師匠の言葉どおり、その時代に求められるものを作りつづけた。その熟練した業と絶える事の無い鍛錬と情熱で数々の上質な鞄を世に送り出し、様々なコンクールで賞を受賞する。
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1985年
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鞄職人としてだけでなく、卸業、販売業にも携わり、一般のお客様と接することでお客様志向をベースとした自身の哲学にさらに磨きがかかり、職人としての心構え、精神を身につけた。
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1988年
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卸問屋に勤務しながら、特注鞄の製作や修理をこなす。
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1997年
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この年ヒロセは正式に鞄の修理を委託する。
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2000年
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この4年間にヒロセより依頼した修理品は1000本を超えた。
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2001年 6月
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「むさしのリビング」に紹介される。
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2001年10月
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業界誌業界誌「フットウエアプレス」より取材。同11月号に掲載される。
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2002年 2月
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おかげさまで修理は2000本を超えた。
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| 2002年 6月 |
東京リビング「都内で探したワンランク上の修理の店」特集で紹介される。 |
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2004年12月
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修理は3300本を越えた。
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若き日の老沼久一のコンクール出品作品。
みごと通産大臣賞に輝く。通称『大割れ』といいます。
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師匠平島滋は、戦前あの横山大観から個人的に鞄の作製を依頼されていたそうです。
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直しましたと胸を張って言える修理を常に心がけて。販売を担当する私にとって老沼さんの魔法の手はあこがれです。老沼さんと長い間仕事を続けていて、鞄の修理ほど簡単そうに見えて手間の掛かるものは無いんじゃないかと思えてなりません。糸、金具だけでも色、素材まで含めると数え切れない種類があり、無ければ丹念に浅草橋の材料屋を何軒も歩いて捜し回る。縫い1つとっても力の掛かり具合で縫い方を変える、長い経験がなせる業。糸をほどき中を開けてみないと判らない修理も、見えないところも手を抜かず、ここを今やっておかないと後でまたすぐにだめになってしまうなどと、こちらの依頼以上に手を付ける事もよくあることです。そんな信頼感から、私の鞄もぜひ直して欲しいと多くのお客様がお店にお越し頂くようになりました。
上質な鞄を作ってきたからこそ「こう直しておきたい」と、こだわることが出来るのでしょう。
もちろん様々な理由からどうしても出来ない場合もあります。そのときはお許しください。
「直してもらってほんとうに良かったと思ってもらえるように・・・」こんな思いで修理する老沼さん。
私は、「物づくりの原点」を知っているこの職人の、誇りと愛情を多くのお客様に知っていただけたらこんなに嬉しいことはありません。
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鞄の専門店ヒロセ 店長 広瀬充弘
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